炎の男、星野仙一氏逝く 惜しみながら…戦う男の姿に学ぶ         | 高崎市の家庭教師ならS-PROJECT

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2018/01/07



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コラム 勉強論

炎の男…星野仙一逝く

2018年1月4日、星野仙一氏が逝ったと言うニュースが目に飛び込んできた
 
現役時代も監督時代も気持ちを前面に出し戦ってきた男…
その姿は周りの選手やファンにも影響と感動を与えてきた
 
正に炎の男でした
 

間違いなく昭和の巨星であった
 
そして…
そんな星野氏に多大な影響を与えたは、苛烈な精神野球で名選手を育てた明大野球部“御大”島岡元監督である
 
1950年代から80年代にかけて明治大学野球部の「御大」として君臨した島岡吉郎元監督だ
 

 
座右の銘は“人間力”
 
ピンチを招いた投手にも、チャンスで打席に立った打者にも、命じる指令は「何とかせい!」のひとことだけ。
そして早朝4時過ぎから練習が始まり、試合にみじめな負け方をすれば「オマエなんか死んでしまえ!」とののしられる
 
今では考えられないような精神野球だが、この監督のもとからは多くの名選手がプロの世界にも送りこまれ、それぞれがどこかに島岡イズムを秘めてグラウンドに立っている
 

「オレは明治大学島岡学科卒業や」こう宣言しているのは楽天の星野仙一監督だった
 
この星野監督は日本ハム、ヤクルトで指揮を執った高田繁元監督とともに、島岡門下生の秘蔵っ子と言われている
ほとんどの部員が御大の鉄拳制裁の餌食となっている中で、この二人だけは一度も殴られたことがないという伝説の持ち主なのだ
 
ただ、星野監督は早大戦でナメた態度で試合に臨み1対8の大敗を喫した夜、大雨の中で数時間、パンツ一丁でグラウンドの神様に監督と一緒に土下座をさせられた経験がある
 
「最初はあほらしいと思ったけど、隣で頭をこすりつけて、顔中を泥だらけにしている御大の姿を見て、この人は本気できょうのオレの態度を神様に許しを請うている……と思った」本人は述懐している
 
そうして島岡イズムで育った星野監督も、鉄拳あり、激情あり、そして人情ありの選手操縦術でした

 

 

 
 

星野仙一名言・格言

 

差を埋めるのは技術や戦術じゃない。
気持なんだ。

 

迷ったら前へ。苦しかったら前に。つらかったら前に。
後悔するのはそのあと、そのずっと後でいい。

 

やるべきことだと思っていることを、本気になってやっていかなければ自分の人生も、なにひとつ変わっていきはしないのである。
本気か、本気でないのかが人生の分かれ道だ。

 

思いが強ければ強いほど、勝利に近づいていきます。

 

いま、子供を叱れない、生徒を叱れない、部下を叱れない人がいる。何やってんの。
叱ることが愛情だよ。

 

選手との年齢ギャップ?全然考えたことがない。
自然体です。

 

勇気を奮い立たせて、毎日闘っていく。弱みは絶対、見せちゃいかん。
選手はいつも背中を見てますから。丸まった背中になったら駄目なんです。

 

自分だけでは何もできないというのは自覚しています。

 

我々にとって野球というのは仕事ですから仕事に対して闘争心がないというのは生活権を放棄していると僕は受け取ります。
人生を放棄していると言っても過言じゃないと思います。
ですから、逃げる人間。それは自分でレギュラーなりチャンスなりを放棄していると僕は見ます。
もう泥まみれでがむしゃらで苦しめばいい。僕は苦しんでいるうちはチャンスをあげます。
逃げるやつにはチャンスをあげません

 

夢は見るものではない。
実現させるための目標である。
その為に、今何をなすべきかを冷静に考え、できる事は即座に行動する。

 
 
 

坂本 享一

坂本 享一

明治大学商学部を卒業し、某証券会社に入社しました。その後、フリーランスを経て家庭教師・塾講師を長年行っています。この度、『勉強が解かる喜び』をモットーにした家庭教師S-PROJECTをスタートさせました。
ビリヤードが好きな陽気なおっちゃんです。

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